今月の少女趣味こうなあ 二十一
二人の自分 中桐雅夫
「かくあるはずの自分が、
いまある自分を、はるか遠くから、
じっと見つめて悲しげに眉をひそめている」
この言葉を知ったのは十年もまえのこと。
それが相も変らぬ怠け者の大酒飲みだ、
戦いで死ぬよりも
年をとって死ぬ恐怖の方が確かになり、
あす生きていられるかどうかもわからないのに、
夜、横になると糊のように眠ってしまう。
かくあるはずの自分といまある自分と、
二つに引裂かれたまま墓の下にはいるのか、
墓の下では二つが一つになるのだろうか。
このシレジアの言葉を教えてくれた立派な人も死んで
しまった、
どんな人間も死の縛り首は避けられない、
権力も富も家庭の幸せも、大嵐の前の砂埃だ。
熊さん 中桐雅夫(なかぎりまさお)さん。一九一九年生まれの詩人。翻訳家。一九八三年亡くなられました。
ご隠居 「かくあるはずの自分が、いまある自分を、はるか遠くから、じっと見つめて悲しげに眉をひそめている」
なんか、それってよくわかるような、わからんような話やな。これどうなんやろな。いまある自分のことを別に卑下する必要があるんかなあ。
虎さん ご隠居は幸せやからそう思うんと違いまっか。
熊さん かくあるはずの自分っていうのは、目に見えるもんの話と違うんと違いまっか。
とがった鉛筆のしんでつかれても、
うすく血がにじんだやさしい心、
ああ、あの幼い心はどこで迷っているのだろう
っていう詩(足と心 最終行)もありますしな。
ご隠居 うん、それはわかるんやけど、かくあるはずの自分がやっぱり今ある自分なんやと思うことも大事やと思うねんけどなあ。
虎さん せやけどご隠居、わしなんかパチンコでようけ出た時、ここでやめようと思うんやけど、なかなかようやめん時ありますやろ。その時そんな感じ思いますで。
ご隠居 どない感じるねん。
虎さん (あの時やめときゃ)勝つはずの自分が、今すった自分をはるか遠くから、じっと見つめて悲しげに眉をひそめていること感じますねん。。